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風見鶏の寝言028

アンケートという煽動


例1

アナウンサー「NHKが~方式により無作為に抽出した1687人を対象に電話で行ったアンケートによりますと、政党支持率は、●●党が35%、○○党が23%、……となっています」



例2

右上「突然ですが、ニコニコアンケートにご協力下さい。」
右上「アンケートの結果集計が完了しました。●●総理の~の言動を評価するかという問いに関しては、支持するが●●%、どちらかというと支持するが●●%、どちらかといえば支持しないが●●%、支持しないが●●%、わからないが●●%となりました。●●総理の~の政策に期待するかという問いに関しては ……」



例3

キャスター「今日、●●は景気情勢を上方修正し、改善傾向にある、としました。それでは、○○さ~ん」
レポーター「はい、私は今大手町の交差点にいます。ちょっとこのパネルで、町ゆく人々に景気が回復していると感じられるか、感じられないかを、シールを貼って貰いましょう。……以上、このような結果になりました」


(例)
街頭アンケート
拡大




さて、今適当に3つほど例を挙げてみたが、皆さんはどのアンケートが一番正確だと思うだろうか?



例1には、実は大きな罠がある

第1に、無作為ではあるが、「飽くまでその電話をした時間に家に居て、電話に出られる社会的地位の人」の中での無作為に、必然的に絞られている

例えば、真っ昼間に電話をしていたのであれば、母集団は、実質的に主婦や引退した老夫婦のみということになるし、ゴールデンタイムに電話をしたのであっても、その時間に残業している人は母集団から除外されざるを得ない

第2に、その電話の時刻に家に居たとして、さらに電話に積極的に出る人に限られる。従って、電話が苦手だったり、知らない番号には出ないという人もまた、母集団には含まれない

第3に、NHKは、電話で支持政党を聞く際、支持政党はないという人が多いため、「どれか選ぶとすればどれですか?」というように、やや押し気味に回答を得ることがあるらしい

ということは、本当は政治に無関心な人でも、支持政党があると言っている場合があることになる

第4に、無作為抽出の前提として、NHKに料金を支払っている者のみを対象にしている(たぶん)ため、そもそもNHKに良い感情を持たない人の意見は、何も反映されていないことになる

すると、無作為ではあるが、その前提となる母集団がかなりの絞りをかけられていると考えられるだろう



例2はどうか?これも、問題がある

第1に、パソコンを使わない人は、アンケートに出会うことがあり得ない

第2に、ニコニコ動画閲覧中に、突如ぶつ切りに割込するアンケートに対して、素直に応じる人のみが母集団に入り、政治的無関心が強くてアンケートを拒否する場合は、母集団に入っていない

第3に、これまた例1と同様、選択肢を「支持」「不支持」のみとするか、「支持」「不支持」「どちらでもない」とするかにより、回答者を強いてどれか選ばせる虞がある

第4に、アンケートをやる時間帯をいつと設定するかにより、その時間にパソコンでニコニコ動画を見ている人々が、かなり左右されうる

すると、これも相当に母集団の時点で既に絞りがかかっているアンケートとなる



例3はどうか?予想がつくと思うが、やはり完全に無作為抽出とは言い難い

第1に、その時間にその場を歩いている人々に限られるため、その周辺に住む人、または、その周辺の会社に通勤中または、会社から帰宅中の人が主な対象者とならざるを得ない

第2に、でっかいカメラを構えたマスコミ関係者が寄ってきて、ちょっとアンケートに答えて下さいと声をかけられたときに、快諾する人に限られる

従って、先を急ぐ者や、マスコミを嫌う者の意見は全く収集されていない

第3に、パネルによるアンケートも大抵は、YESかNOかの二択を迫るものとなっているため、どっちとも思わないという人々を強制的にどっちかに割り振ることになりやすい

第4に、この種のパネルアンケートは、上の2つに比べて回答者数が極端に少ないため、大数的にも不正確となりやすい

つまり、これも今までの例に漏れず、その結果は極めて限定された母集団であることを前提とした場合に、初めて無作為抽出により正確に行われたと言えることになる


恐らく、頻繁に持ち出される「内閣支持率」のデータも同じ欠陥が見つかるであろう。

近年は、電子的データ処理が格段に進歩したことにより、アンケートの回答の集計も相当程度楽になった

このため、ネットでは何かにつけて各種アンケートが氾濫している

だが、上述のような前提を隠して報道されたり、発表されたりすると、国民を煽動する結果になりかねない側面があるだろう

日本では、幸い昔から、アメリカほどは数値を絶対的指標として信じ込まないようであるが、油断はできない問題であろう

つまり、実は、アンケートという統計なり表なりが持ち出されるとき、その閲覧者が最も注意すべきは、その結果としてのパーセントではなく、当該アンケートがどんな母集団を対象に行われたかという点ではなかろうか?

恐らく、アンケートを用いることに積極的だった社会学では、更に詳密な検証をすべきとしているだろう

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