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風見鶏の寝言030

「大人の階段」


タイトルを読んで、色々想像した方もいらっしゃるとは思いますが、今回は寧ろ「大人の階段」を登ってしまっていることに気づかずにいると、とんでもない目にあう可能性があるというお話。

さて、次の中で大人の階段は、どこにあるでしょうか。


小学校での学級委員会で立候補して決まった、代表委員(名称は地域による)



中学校でクラスごとに選出され、「起立」「礼」等を取り仕切る総務委員(クラス委員等)



高校で全校生徒から選挙された生徒会長



大学の部活・サークルで選ばれた部長主将



大学での文化祭実行委員会長



会社のバイトを統括する各店の支店長



会社の株主総会で選任された取締役






恐らく4か5辺りだと思う方が多いのではないか。

しかし、大人の階段は、3にある。

もうおわかりの方も多いと思うが、ここでの「大人の階段」とは、自分がその務めを果たす期間中に、誰かが怪我をしたり、事故が起こったりしたときに自分自身が責任を負うのか、他人(大人)が負うのかという意味である。

小中高の○○委員・生徒会は、あくまで何かあれば教員が責任をとる。

逆に言えば、委員や生徒会役員は、常に教員と保護者の監視下にある条件の下で庇護されている立場である。

そして、中高でのクラブ・部活の部長も同様である。



ところが、大学になると、部やサークルの代表者は、誰かしらの教授が顧問として登録されていることはあれど、彼らの監視下にはない。

なぜなら、大学における部やサークルの代表者は、部員が部外で一般人に迷惑をかけ、または、文化祭展示中の物品倒壊等により来客に死傷者が出た場合には、全責任を自らが負うと社会的に扱われる立場だからである。

つまり、やや比喩的にかみ砕くと、小中高において唱えられた「生徒の自治」等の標語は、その実は教員や保護者の監視下にあるという既存の外枠を伏せた上で、堀の中またはラグーン(環礁)で好きに泳ぎ回ってよいと言われていたのであるが、大学になると知らないうちに監視による外枠が一部または全部なくなり、気づけば広い荒海をほぼ縦横無尽に泳げるようになった一方で、自衛と、今まで「大人」がやってくれていた監視を自ら引き受けなければならない存在になっているのである。

監視というと、刑務所職員や試験官等のようなイメージかもしれないが、要するに統率のことである。

大学の部長やサークルの主将等が、中高の頃に比べて、好きなように部・サークルの運営ができるように見えるのは、このためであり、実際、相当好きな様に運営することができる


しばしば、所謂しきり役的存在や、人気者、目立つのが割と好きな人たちが大学の部長主将の座を争うことも多いようであるが、その責任が中高までとは異なり、非常に重いものであることを是非ともしっかり認識してから、立候補することを期待したい。

それでこそ、就任演説や所信表明の言葉に重みが出るものであろう。



※法的観点からの詳論は全て省略してあります。
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