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風見鶏の寝言036

「人不知而不慍」


「人知らずして慍(いきどお)らず」

言わずと知れた、孔子の『論語』学而編の「学びて時に之を習、亦た說ばしからずや」の段の3文目の頭である。

高校でも習うはずだが、通常意味は「人が認めてくれないからといって不平不満をいだかない」とされる



だが、この言葉は「おまえに私の何がわかる」や「おまえには関係ないだろ」という、ドラマや映画での陳腐な捨て台詞を吐くことを正当化するものではない

もしそうだと思っていた人がいるならば、それは誤解だと思われる。



孔子のいう「人不知而不慍」は、相手に事情を説明する努力を何もせずして、「こんなゲスに自分の考えやら苦しみやらが理解できるわけがない」と見下すことを認めたものではない。

最大限、相手に説明して理解してもらおうと努力をした上で、猶お理解を得られなかったとしても、それを怒ってはならないと言っているのである。



つまり、相手に分かってもらえたか否かは問わないが、少なくとも意思を伝えようとする努力すらしない人間は君子(≒徳ある人)たり得ないということになろうか。


近時、突然切れ出したり、理由も言わずに不機嫌になったりする人が、ちらほら見受けられるが、そのギクシャクの解決方法は、政府の教育政策・教育基本法の改正のような大事を以てせずとも、高校の勉強から得べかりしものなのかもしれない
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