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風見鶏の寝言048

「新単語の解釈」



突然だが、

次の言葉の意味は? 「民度


と言われたら、何と答えるだろうか?





民度」という言葉は、近年ネットを通して普及したと思われる用語の1つである

他にも、「ニート」「オタク」「腐女子」等、ネットで広く使われるようになるにつれて、意味に幅が生じていると思われる言葉は見受けられる

今回は、「民度」の意味を調査する


wikiでは、

民度(みんど)とは特定に地域に住む人々の知的水準、教育水準、文化水準、行動様式などの成熟度の程度を指す」


とされている
※リンクはこちら

また、別のブログでは、

国民がまわりの流れに押されず、自分でものを考え、歴史や地理からどのくらい教訓を得ているかの度合い


であるとしている
※リンクはこちら

では、果たして、この定義は、正確だろうか。

ネット上の使用例を検索してみるという退屈かつ単純な作業をしてみればよいわけである
引用先の発言内容の是非は一切問わない前提としよう

<例1>

モンスターハンターのオンラインゲームに関するスレでは、オンライン上で各自が勝手にクエストを建てていて、お互いに自分勝手だということを指して、「民度」が低いと指摘している


※リンクはこちら
この場合の意味は、「協調性のなさ」を指すといってよいだろう

<例2>
上述のwikiの解説には、使用例としてこう続いている

2008年、日中サッカー戦で中国人観客の行きすぎたブーイングに対し、当時都知事であった石原慎太郎は、中国は民度の低い国であるから仕方がないと述べた


この場合の意味は、文化水準という極めて広い意味とも言えなくはないが、「マナー意識の浸透度合」のことを指すと言った方がより適切ではないかと思う

<例3>

他人が彼女との年齢差(1歳下)を「一個下」ということを指して、
「年齢差に「個」を使う奴は民度低いよね。」と述べるコメント


※リンクはこちら
この場合の意味は、(いまいち明確ではないが)年齢に使う数詞は「個」ではなく「才」であることを知らないことを指して、「教養の高低」を指すのだろう

<例4>

「国連が公表した世界国民の民度・道徳レベルランキング」


※リンクはこちら
この場合の意味は、「民度・道徳レベル」と並列させているが、実際にはこれは同格の並列であるから、道徳レベルの意味である

<例5>

震災は本当に悲劇であったが、政治家がリーダーシップを示し、将来のビジョンを示す稀な絶好の機会でもあった。日本のトップのリーダーシップが嘆かわしいほど欠如しているが、それは日本の国民の民度が落ちているということの裏返しでもあるのではないか。まさに今回の大震災のように、日本の国民は政治政治家に対し、まるで自分たちの力が及ばない天災のようなものだとあきらめてしまっているようだ。

 ―国民に、政治での当事者意識が感じられないということですか。
 パリー そもそも日本の国民は、リーダーへの期待度が著しく低いように思う。諸外国はリーダーに大いに期待するし、寛容度も低い。荒廃した政治を唯々諾々と受け入れ、許してきた選挙民の怠慢を象徴するのが、日本のリーダーの選出過程ではないか。自民党政権末期の三代の首相や民主党の鳩山、菅両首相が選出された過程を見ていると、国民不在の中、まるで「政治村」の談合の中でより多くの人間が納得できる妥当な落とし所を探し、首相への順番を決めているように見える。これではリーダーの資質の有無などは問題にならず、軽い首相が生まれるのも当然だ。結局、選挙民こそが日本の政治をダメにした張本人といえる。


※リンクはこちら
この場合、一見最初の段落では、文化水準や、民主主義の成熟レベル等を指すかのように見受けられるが、二番目の段落まで読めば、結局のところの意図は「選挙による政治家選出に対する視線の厳しさ」という極めて限られた意味しか持っていないことがわかる




ざっと、見渡すと、その意味は、
「協調性のなさ」
「マナー意識の浸透度合」
「教養の高さ」
「道徳レベル」
「選挙による政治家選出に対する視線の厳しさ」
と、実に様々であることがわかる

そして、分かることとしては、

第一に、ネット上の集合体にも使われているため、対象が「特定地域に住む」ことは当たってないし、同一の「国民」であることも要しない
第二に、「協調性」や「マナー」にも使われるため、「歴史や地理からどれくらいの教訓を得ているか」という定義も見当違いであると言わざるを得ない
第三に、「教養の有無」に使われるように、単なる「有無」に関する使用例では「成熟度」という定義もずれている
第四に、「協調性」の意味を持ちうるならば、「周りに流されずに」という定義はむしろ真逆の場面となる
第五に、最後の引用例からわかるように、内容的に学問的分野にまで踏み込んでしまいそうな話題においては、ときとして、正確には非常に狭い意味でしか使われていないにもかかわらず、敢えて「知識水準」「文化水準」等の広い意味として意識されがちな「民度」という言葉を使用して、反論が出にくいような目くらまし・煙幕に使われる場合がある


ということではなかろうか?

すると、今の時点では、まだまともに機能していると思われる定義は、ほとんどないかもしれない

今後の定着方向が気になるところである。
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