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風見鶏の寝言057

蘊蓄≠無駄知識



ときどき「蘊蓄(うんちく)を垂れる」という表現を聞くことがある

どうでもいい知識をひけらかす者を非難して使われるものである

ただ、厳密には、このような慣用句はない

存在しないはずの慣用表現が普及している理由としては、「蘊蓄を傾ける」と「説教を垂れる」の混同であると説明しているものが多いようである

しかし、では、「蘊蓄を傾ける」と言えば、同じ場面で人を非難するために使えるのかというと、恐らく使えない

なぜなら、本来、「蘊蓄」には批判めいたマイナスの意味合いはないからである

蘊蓄とは、深い知識・深い技芸を指し、プラスの意味合いの単語である

つまり、広い意味での「知識」の意味で使われる「教養」のなかでも、「深い教養」に該当するものと言いうるものである


すると、「蘊蓄を垂れる」という表現の周りに漂う明らかなマイナスのイメージはどこから来たのか?

「説教」という言葉は、もともと宗教の教えに関して使われる場合以外には、日常生活では「嫌なもの」というイメージが強かった

そのため、説教がもともと纏っていたマイナスのイメージが「垂れる」という言葉に浸透したのであろう

そして、その「垂れる」と誤って接続された「蘊蓄」にもマイナスのイメージが付着したのではなかろうか。



そういうわけで、「蘊蓄を垂れる」は新しい日本語としてはプラスの単語とマイナスめいた単語を繋いでおり、よろしくないらしい

しかし、同じゴロの良さで、同義の表現はないのではないか…

どのみち新たに表現を生み出すことになるならば、「雑学を垂れる」にしておいてはどうだろうか(笑)
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