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風見鶏の寝言068

「時代を映す言葉




かつて、筆者は、違う意味だった言葉が似た様な意味になりつつある局面を紹介した

※風見鶏の寝言025「区別がなくなりゆくとき」こちら

言葉が時の流れと共に次第に意味を変え、または、新たな意味が加わったり古い意味が忘れられたりすることは、周知の事実であろう

すなわち、ある言葉が持つ意味は、示準化石が特定の年代を指し示すのと同じように、ある特定の時代を示す存在にもなりうる

だが、示準化石ほどガラッと移り変わるわけではない点は、言葉の変遷の方が厄介である

よく使われる言葉ほど、変遷が早くなりやすい

一方で、使用頻度ランクの低い言葉は変遷から取り残されることもあるのかもしれないと思うことがある。



歴史的に、男女平等・同権が少なくとも法律の上では実現されると、差別的扱いがあったものは修正される動きがある。

ただ、レディファースト等、差別が通常は不利益を与える目的でないものは修正は急がれない

しかし急速かつ徹底された変化とは珍しいもので、不利益の与える虞があるものでも、流れから零れるものが残っていることもある



「女々しい」「雄々しい(男々しい)」という言葉は、性的差別の批判を躱せるだろうか。

これほど、男女をはっきり分けた対語は珍しい

そして、特別な教養人でなくとも、女々しいがマイナスイメージ・雄々しいがプラスイメージで使われるのは、知られている

常識としては、どちらも男に対して使う言葉である

ただ、「女は、柔弱・意気地なし」「男は、勇ましい」という前提がある

柔弱、意気地なしと言わずに、敢えて「女」という文字をあてはめる必要性はあるかという点が問題であろう

近時、日本の漫画・アニメに限らず、外国映画でも、柔弱な女性というキャラの描かれ方は珍しくなっている。

男女を問わず納得できる説明がなければ、今の時代、性的差別の批判を躱すことはけっこう難しいかもしれない。



この先、この言葉がどうなるかは時代の流れ次第である

例えば、ひょっとすると合理的説明が古来から受け継がれているのかもしれない

例えば、修正を受けずに、単に両方使われなくなり、最終的に辞書から消えるという道もありうる

いずれにせよ、これらの言葉が何らかの変化を受けたとき、「女々しい」「男々しい」は新たにそれまでの時代を何らかの形で指し示す言葉になっていくであろう。
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