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風見鶏の寝言069

「郷に入りては…2」





以前、私は、日本の諺「郷に入りては郷に従え」について疑問を投げかけた

一般教養においては、その英訳は"In Rome, do as the Romans do"とされている

しかし、これらは似て非なるものなのではないか

つまり、実は2つの諺は意味にズレがあるのではないか


という内容だった

簡単に言えば、"In Rome, do as the Romans do"の方は、ローマ人が他の都市に行ったときにそこの仕来り等を尊重する必要はないのではないかという内容であった

※詳細は、以下の記事をご参照いただきたい
風見鶏の寝言013「郷に入りては…」こちら

すると、英語の諺"In Rome, do as the Romans do"は、正確にはどのようなニュアンスのものなのか、それが問題となってこよう



ところで、日本の諺に「寄らば大樹の陰」というものがある

しかし、未だ嘗て、これの英訳に相当するとされるものは見たことがない

一般的には、個人主義が強い欧米では相当する諺は出て来なかったと説明する教師が多い

ただ、本当に類似するニュアンスの諺は全くないのだろうか?

「弱いものが、身を寄せるならば・頼るならば、強いものを選ぶべし」というニュアンスの言葉は欧米では皆無なのか?



さて、話を戻して"In Rome, do as the Romans do"が、「ローマ人に従っておくべき」とする理由は何か?

まず間違いなくローマが当時強大で戦力無比だったが故、であろう

ローマが急速に領土を拡大したことを考えると、"In Rome"とは「(地理的な意味で)ローマでは」という意味のみならず、自らの土地が侵攻され「ローマ帝国の支配に入ったときは」という意味も匂わせているのかもしれない

もし、ローマ時代にこの諺が生まれなかったならば、その後世界の覇権を握った国のどれかが諺となっていたのではなかろうか

つまり、"In Rome, do as the Romans do"は「勢力者・権力者には従っておくべし」という意味である

(したがって、「郷に入りては郷に従え」の「各の地の文化は尊重すべし」という意味とはかなり違う



再び「寄らば大樹の陰」に話を移す

前述のように、個人主義が強い欧米という理由を貫くのであれば、それは個人の発言や行動が自由にできなければならない

つまり、自由が保障されていることが前提とならざるを得ない

発言したはいいが、権力者に即刻処刑されるのでは個人主義も立ちゆかない

すなわち、欧米の発言や行動の自由を支える法や権利の概念がある程度発達していなければならない

では、法がまだ未熟だった頃、弱いものはどうしていたのか?

否応なく、なるべく強い者について難を逃れる者はいたはずではなかろうか?

そうであれば、「寄らば大樹の陰」という諺に相当する英語の諺があっても不思議ではない



ここで、再度"In Rome, do as the Romans do"を見る

前述のように、この中核は「強大な勢力・権力を有する者には従っておくべし」だった

これはまさに、「寄らば大樹の陰」と同じ発想に基づいているように思われる

他の都市の者が、生きたいなら、ローマ人(大樹)の話し方・食べ方・生活の仕方(陰)に従っておくべしというニュアンスになりそうではなかろうか

"In Rome, do as the Romans do"という諺は、「郷に入りては郷に従え」と「寄らば大樹の陰」の中間に位置するのかもしれない


※本文は、全て筆者の独自の見解に過ぎず、この内容は大学入試の答案では点数にならないので、要注意。
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