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風見鶏の寝言079 ver.1.1(追記1)

「国民的議論の前に!!」



集団的自衛権というのは国にとっては一大事である。

政府は、これを「国民的議論」にして欲しいとして大々的に広報した。

結果、新聞・テレビ・ネット等、あらゆるメディアが取り上げている。

一方的報道になりがちなテレビ・新聞・雑誌似比べ、特に意見交換に向いているネットではヒートアップした論争も多数見受けられる。

政府は、このたび官僚に作成させた15の具体的局面を提示し、抽象的な議論を脱するとした。

では、具体的な局面が提示された今日、何を議論すればいいのか?



結論がどう出るにせよ、政府が示唆する「国民的議論」は、すなわち「民主的議論」のことである。

民主的ということは、多くの者が問題をきっちり理解した上で賛同できるならば推進したい、ということである。

つまり、もし集団的自衛権を認める方が、認めない現状よりも(あらゆる事柄を考慮した上で)合理的だという説得力があるときは、変更への舵切りもやぶさかではない、という姿勢を国民に求めているのである。

逆に言えば、現状を変えるほどの合理性があるという説得力がないならば、集団的自衛権を認める必要はないことになる。

要するに、「国民的議論」を期待するとは、この説得力の有無を国民に判断して欲しいということを指す。


しかし、整理せずに議論に突っ込むと、論点が定まらず、煙に巻かれる。

議論に突っ込む前に、国民全員が共有すべき前提事情というのがあるだろう。


まず、第1に集団的自衛権とは何か?

他国に対する武力攻撃を、自国の実体的権利が侵されなくても、平和と安全に関する一般的利益に基づいて援助するために防衛行動をとる権利


である。

これを押さえれば、少なくとも議論のすれ違いは防ぐことができる。

自国には火の粉は降りかからない場合も含んだ話である。


次に、第2に現状でも日本は個別的自衛権は有している

つまり、違法に侵害行為がなされ、経済制裁や警告・協議がまるで功を奏さず、防衛行動以外に対処・事態の打開のしようがない場合に、侵害を除去するのに必要な限度での防衛行為をすることは、現状でもなしうる

このことは、大事なのではなかろうか。


そして、第3に、複数論点を同時処理するのは避けるべきであろう。

政府の提示した15の局面とは、以下の場合に自衛隊を派遣すべきだから、解釈を変えようとするものである。

01、離島に不法に上陸等された場合に奪還する場合
02、公海上で自衛隊が訓練中にたまたま不法な行為をする者を発見した場合
03、宣戦布告等のない平時において、他国の弾道ミサイルの発射を警戒している際のアメリカ艦の防護をする場合

04、PKO活動の一環として、A国がB国を侵略する際にAに対抗するためBに国際協力する場合
05、PKO活動の一環として、駆けつけ警護をする場合
06、PKO活動の一環として、任務遂行上、武器の使用をする場合
07、PKO活動の一環として、現地の国の同意の下で、日本人を救出する場合

08、日本人の乗っているアメリカ輸送艦船を護衛する場合
09、武力攻撃を受けているアメリカ艦船を護衛する場合
10、強制的に航行中の船を止めて臨検をする場合
11、どこかの国がアメリカに向けて発射した弾道ミサイルが日本国上空を横断する際に打ち落とす場合
12、宣戦布告等を経た戦時において、他国の弾道ミサイルの発射を警戒している際のアメリカ艦の防護をする場合
13、アメリカ本土が攻撃を受けて、アメリカが軍事作戦を日本近隣で行う場合に、アメリカ艦船を護衛する場合
14、世界中の機雷除去活動に参加する場合
15、民間船舶を、国際的に共同で護衛する場合



政府は、「自衛隊を派遣すべき『だから』、解釈を変えよう」と誘導しているが、

注意を要するのは、

これらの場合に自衛隊を派遣することが妥当か否か、と

妥当だとしても、その派遣のために憲法の解釈を変更することが必須か否か、

この2つは区別して議論しなければならない
ということである。

つまり、派遣が妥当であっても、既に派遣したことがある事例や、派遣したことはなくても今のままでできることは、集団的自衛権を認める説得力はない

さらに、現状ではできなくても、上の集団的自衛権の定義と関係ない事柄ならば、やはり集団的自衛権を認める説得力はない

すると、具体的局面の提示がなされた現在必要な議論は、

1、自衛隊の派遣が妥当だといえるケースはどれなのかはっきりさせること、

2、それらの場合に、現状のままで派遣ができないのか確認すること

3、それが集団的自衛権の問題なのかどうか確認すること



となる。

※ただし、議論をこれだけに限ることができるのは、あくまで集団的自衛権の議論が、それだけに尽きる場合、即ち、それが徴兵制創設等とは無関係だといえる限りにおいてであろう。
≪追記≫20150615
なお、筆者の上記の指摘について、以下のブログが引用しているNews23の報道動画(2:04~2:33辺りの説明、および、3:12からの長谷部恭男教授の説明)が、ほぼ同旨を述べる憲法を専門分野とする研究者の見解例として挙げられよう。
http://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye2513163.html
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